今年初めての金融部会に12人が参加して開催

今年初めての金融部会に12人が参加して2009年1月14日正午から開催、初めに今年の新部会長として宮原弘幸新部会長、新副部会長に窪田敏朗副部会長、今井純一副部会長を満場一致で選出した。

続いて2月9日に開催される業種別部会長シンポジウムの発表資料作成で銀行業界並びに保険業界に別けて発表、業界の再編、今後の政策誘導金利、国内総生産、キーワード、大統領選挙結果の及ぼす影響、保険料の行方、サンパウロ平均株価の動向、気候温暖化による自然災害の増加に伴う業界の負担、ソルベンシーマージン比率、カントリーリスクなどについて多いに意見の交換が行われた。

最後に今年の金融部会の活動としてセミナー、見学会の開催のスケジュールや講演内容などについても大いに意見の交換が行われた。

参加者は宮原部会長(三井住友保険)、山崎氏(ブラデスコ銀行)、清水氏(ブラデスコ銀行)、栗原氏(三井住友銀行)、竹内氏(三菱東京UFJ銀行)、今井氏(ミツワ投資)、堀内氏(みずほコーポレーション)、原島氏(東京海上)、米倉氏(南米安田)、加藤領事(サンパウロ総領事館)、黒木調査員(サンパウロ総領事館)、平田事務局長

業種別部会長シンポジウムの資料作成で意見交換

                                            

                                          満場一致で選出された宮原弘幸新部会長

 

今年初めての環境委員会開催

今年初めての環境委員会(杉山俊美委員長)が2010年1月11日午後5時から6時30分まで6人が参加して開催、昨年の環境委員会の開催、セミナーやヴィデオ観賞会などについて実施内容や改善点などについて意見交換した。

また今年の活動としてセミナーや見学会、環境関連スペシャリストによる講演会、環境問題の啓蒙など幅広い活動などについて大いに意見交換を行った。

参加者は杉山俊美委員長(新日鉄)、内田肇副委員長(三井住友銀行)、岡村昌一副委員長(メタルワン)、出見宏之副委員長(新日鉄)、加藤秀雄領事(サンパウロ総領事館)、平田藤義事務局長

 

2009年度 環境委員会活動実績


Ⅰ.環境委員会メンバー
委員長   杉山 俊美(南米新日鉄)
副委員長  南  信行(南米新日鉄)
副委員長  内田 肇(三井住友銀行)
副委員長  赤木 浩(メタルワン)

Ⅱ.活動方針
・地球温暖化対策や循環型経済社会の構築を念頭に、日本・ブラジル双方における持続可能な発展への貢献を企図。
・企業の存続と活動に必要十分要件となりつつある環境問題への主体的な取組みを涵養・勧奨することで商工会議所メンバー企業各々の企業価値の向上に貢献。
・商工会議所の機能・ネットワークを最大活用しつつ、地球環境問題をテーマに日伯の一層の関係強化を図るとともに、CSR(企業の社会的責任)の見地から外部に対する効果的な情報発信を図る。

Ⅲ.活動実績
上記活動方針のもとで、2009年度は以下の活動を実施
・ 1/20 第1回環境委員会
・2009年度活動予算の策定、具体的な活動案を議論
・ 2/4  第2回環境委員会 
・具体的な活動案を議論
・ 4/28 第3回環境委員会
・具体的な活動案を議論
・ 5/29 第4回環境委員会
・6月の環境セミナー開催に向けた進め方を議論
・ 6/9  第5回環境セミナー
・NHK特集「グリーン・ニューディール」の視聴と意見交換
・ 6/16 第6回環境セミナー
・カーボンオフセットの仕組み紹介
・ 9/25 第7回環境セミナー
・FIESP主催の環境セミナーを活用し、企業の温暖化対策の紹介

今年初めての環境委員会で今年の委員会活動で意見交換

左から内田肇副委員長/杉山俊美委員長

 

 

 

田中会頭7年間の功績を労い大盛況の忘年会

恒例の商工会議所の忘年会が2009年12月10日午後7時からチボリ・ホテルに180人の会員や夫妻が参加して開催、司会は相互啓発委員会の前田一郎委員長が軽快なテンポで司会を務め、笑いのつぼを心得た言葉裁きで非常に和やかな雰囲気を醸しだした。

初めに会頭を7年間務めて勇退する田中信会頭は「年年歳歳花相似たり、年年歳歳人同じからず」と詠った中国の詩人がおります。花は毎年同じように咲くが、それを眺める人々は同じではない、という意味だと思いますが、我が会議所は本年も多くのメンバーをお送りし、多くの新メンバーをお迎えしてあっという間に一年が経過し、再び忘年会の季節を迎えることになりました、と述べ次のように続けた。

昨年の忘年会は西林総領事ご夫妻の送別会を兼ねさせていただきましたが、本年は来賓として、大部総領事ご夫妻をお迎えしております。更に今回は私自身が送られる側となり、後任の中山新会頭をお迎えしております。

私が始めてブラジルの土を踏んだのは1973年3月31日でしたので、通算在伯36年ということになります。当時ハーマン・カーンと言う未来学者だったと思いますが「20世紀は日本の世紀、21世紀はブラジルの世紀」と予言し、ブラジルは「ブラジル経済の奇跡」に沸返っていました。在伯年数は通算すると36年ということになりますが過ぎてしまえば一炊の夢の如しです。

他の国に行くと、36年という滞在期間ば可なり大きい顔が出来るのではないかと思いますが、この国では40年、50年選手がうようよしていますので、絶えず目くらが象を撫でるような不安を感じながらブラジルを見て来ました。

70年代をピークとして日伯経済関係は下降を続けてきました。従って元気のうちに再び活発な進展が見られるかと心配しておりました。今世紀入り前後から30数年ぶりに上昇傾向に転じたように思われます。西行法師が
「年たけて 又越ゆべしと思いきや 命なりけり 小夜の 中山」
(年を重ね、もう2度と越えることもあるまいと思っていた小夜の中山を越えることが出来た。命のおかげだ!という思いのたけが”命なりけり”という一言に凝縮されていることを感じます)と詠んだのと比較するのはおこがましい話ですが、それに近い心情だと言えるのではないかと思います。

7年間勤めさせてもらった会頭職を辞するにあたっての良い土産となりました。

私が今期限りで会頭職を退くことにした理由は、80歳を過ぎ肉体や知能の限界を感ずるようになったからです。特に後者即ち知能的限界に対する危機感を強く感じます。

来年は当会議所創設70周年にあたります。日伯経済交流が益々活発化しつつある今日、新しい酒には新しい皮袋が必要とされます。中山新会頭に対する会議所の期待が大きい所以です。

司馬遼太郎さんの「峠」という作品の中で、幕末の越後長岡藩家老、河合継之助は「進む時は人任せ、退く時は自ら決せよ」と述べています。退任を自分の取巻きに相談しても引きとめるに決まっている。「やめなさい」と言ってくれる人は居ない。かくして本人が意識しないうちに老醜、老害を社会に曝すことになるわけです。会議所の仕事を隠居仕事には出来ません。

私が自分の意思で退任を決意した理由は以上の通りです。

思い起こせばこの間、数え切れないほど多数の方々にお世話になったことが次々と浮かんでくる。この間絶えず前方を向いて走り続けてきたので、左右や後ろを顧みる余裕が無く、ご迷惑を掛けた点も多かったと思います。深い感謝と共に今後もサンパウロに居住し、会議所会員でもあるので、引き続き変わらぬご厚誼をお願いする次第です。

中国の詩人陶淵明のよく知られた詩に「帰りなんいざ、田園まさに荒れなんとす」というのがあります。私の田園は小さな書斎です。引退したらゆっくり読もうとして仕入れた積読(つん読)の書籍が荒れた田園のように散らばっている。先ず身辺の整理から取り掛かる必要がある状態です。

最後に会議所の益々の発展と皆さんの健勝を祈念してご挨拶としますと結んで会場から労いの篤い大きな拍手が送られた。

続いて新会頭に選任された中山立夫会頭は大会頭の田中信会頭の後任として重責に非常に緊張しているが、皆様のご協力とご指導を頂き、伝統ある商工会議所の発展に努めてまいりますので宜しくお願い申し上げますと、力強い就任挨拶を行って割れんばかりの拍手とエールが送られた。

最後に大部一秋総領事は今年1月に就任した時は日本移民100周年祭がすでに終了、リーマン・ブラザーズ破綻で始まった金融危機でブラジル経済も影響を受け、今回の田中会頭の勇退と厳しさと寂しさが重なったが、ブラジルの経済は今年5月で底を打ち、またワールドカップやオリンピック開催、中山新会頭の就任や来年のブラジル経済の成長率も5.0%を超えると予想されて、良いニュースが増加してきている。

また日本企業の会長や社長がブラジル投資関連で訪伯が増加してきており、過去4ヶ月間で24人と会い、2日に1回のペースでの会合があり、ブラジルはBRICsの仲でも特に注目されて今後の日伯関係が益々緊密することを肌に感じていると結んで、ジルベルト・カサビ市長との会合で中座しなければならないが、日本の紹介を確りしてきますと結んで総領事夫妻は大きな拍手に送られて退席した。

前田委員長はバックミュージック演奏の矢崎愛さんと草村良哉さんを紹介した後で矢崎さんが演奏しているピアノはヤマハ・ミュージックの松代社長の提供であることを説明して丁寧に感謝の気持ちを伝えた。

田中会頭の女房役を務めてきた平田事務局長は田中会頭の7年間の功績に対する謝辞として、2003年、就任された時に親しい間柄の方々から”あの方は難しい人ですから宜しく”と頼まれたが、「私は良い女房役を果たすからお任せ下さい」と誓った事を回想。この7年間の会議所変革について基本方針で定める「開かれた会議所」、「チャレンジする会議所」、「全員参加の会議所」に焦点をあてて主要な具体例を功績として賛辞を述べた。

「開かれた会議所」の点では先ず会議所サイトのビューヒット数累計の推移を挙げた。1998年サイト開設以降03年まで僅か2万5千、04年までの累計2万8千、05年3万3千、06年7万7千、07年から急増75万、08年2百25万、09年現在3百45万の累積ヒット数の記録的増加を「開かれた会議所」を端的に表す数字だと自信満々に説明。

業種別部会長シンポジウムを広く一般にも公開、開催数日前には総務/企画戦略委員長が中心になって邦字新聞社2紙を訪問、宣伝してコロニア諸団体にも広く開放した。会議所活動の情報を全て開示しながら公共の器としての会議所の役割をご立派に果たされたと称賛。
ヒット数はリーマンショックの前年から加速度的に増え続け、BRICsのBが世界的に注目される外的要因もあるが、ホーム頁の3回に及ぶ改善努力の効果も大きい。今ではGoogleに当所関連ニュースや人名を入れると直ぐ検索画面に出る位、ブラジル日本商工会議所の存在を内外にプレゼンスした効果は大きい。

会議所表敬訪問数を2007年3月からサイトに載せる様にして来たが、07年113 件、08年155件、世界同時危機の今年09年も昨年並みに推移。海外からの訪問客は基礎的な調査段階を理由にサイトには載せない件数もあるが半分位に達する。

今日の忘年会には訪伯を機会に日銀NYのお方も参加されているが、WEBサイトからのお申し込みである他に、同様なケースでご参加の方々がこの会場に数名おられ、会議所サイトのアクセス数は日本からが最も多く、表敬訪問者が著しく増えている。

WEBから直接、マーケットポテンシャルや競合、事務所開設、M&A、企業進出時の留意点、税制/制度など多岐に及ぶ調査依頼の件数も爆発的に増え、一部会員企業に調査分担の協力を依頼するほど対応に苦慮しているとしながら、時の執行部と共に大活躍された田中会頭の功績を称えた。

平田事務局長は謝辞の15分前から回想録として上映されているスライドが当所のサイトからピックアップ今朝即興的に作成された事にも触れ、以下の代表的具体例の一部を説明した。

① 業種別部会長懇談会の一般公開(新聞社を訪問、一般参加の呼びかけ)
② 昼食会にコロニア諸団体の参加を促進、その主催行事のPRを開放
③ 日本ブラジル交流年諸行事への積極的な参加
④ ブラジル日本研究者協会(SBPN)と合同講演会/アメリカ会議所とハピーアワーの共催
⑤ 会議所パンフレットを主要団体、官庁および全世界の日本会議所へ情報交換や交流促進を目的に送付
⑥ HPの参加型に改善(各部会/委員会の活動状況をメール後HPに掲載)
 日本や当地の一般雑誌や新聞またブラジル関係団体の機関紙に寄稿したブラジル情報を発行元の出典クレジットを条件に当所サイトに掲載するネットワークの構築(ブラジル特集に掲載中)
同様な方法で海外の日本会議所とのネットワークの構築(ワシントン商工会の例を明日掲載予定)

チャレンジする会議所では2003年の田中会頭就任の年、過去に例がなく03年の新しい試みとして10件、04年に14件、05年24件、06年45件、4年間の合計93件

 足元からの変革
① 事務局の合理化推進(PCのバージョンアップ、ネットワーク構築)
② 会員資格の歴史的な見直しで財政基盤の強化
③ 方針管理を導入(会議所の基本活動方針を定め、その大方針に準じ委員会毎に活動方針と施策の作成、年度実績報告を行う)
④ 移転価格税制検討委員会の設立
⑤ スポンサー制度の導入(例パンフレット作成)
⑥ 会議所事務局の全面大改装
⑦ 会議所70周年史編纂委

外に向かう変革
⑧ 日伯議員連盟主催の日伯経済シンポジュームに参加
⑨ 日伯経済合同会議に参加・発表、ルーラ大統領に現代ブラジル事典の謹呈
⑩ 大使館と伴に南部4州(CODESUL)共催の経済セミナーに参加
⑪ PIS/Cofins改善ロビー
⑫ JETRO主催の「日本・在米日本企業ブラジルミッション」と意見交換
⑬ 移転価格税制の改善要請書を外国投資家グループ(GIE)議長名で大蔵大臣と商工臣宛に提出。
⑭ FTAアンケート調査の実施、纏めを経団連に報告、日本政府への働きかけ
⑮ 大使館、会議所が連携、ブラジル下院の外交・防衛委員会による公開討論会
⑯ デジタルTV方式の導入、日伯両国政府と日本企業(本社/現地)が三位一体となり日本方式採用を決定(外交・経済史上の快挙)、南米普及デモ。
⑰ 日伯社会協定アンケートを実施、社会保険の実質二重払い額を調査、経団連/日本貿易会/海外企業協会を通じ両国政府に改善要請
⑱ サンパウロで開催された全国工業連盟(CNI)と経団連共催の日伯経済合同会議を支援:当所から投資環境整備、日本におけるエタノール燃料、インフラ整備などを発表。共同提案書には11業種部会の投資阻害要因アンケート結果を掲載、日伯EPA締結促進を提言
⑲ FIESP訪日ミッションに同行
⑳ 第1回ブラジリア/2回東京開催の貿易投資促進合同委員会に会議所挙げて参加
20 新幹線導入プロジェクトに参加
21 JETRO主催の経済産業省主催の第23回貿易会議に参加
22 ブラジル国家統合省主催のサンフランシスコ河流域開発プロジェクトセミナーに参加(大統領のサンパウロ事務所にて開催)など

全員参加では
① 開かれた会議所の範疇でもあるが、部会活動を会議所活動の原点と位置づけた会議所は大きく転換、常任理事会に部会長もオブザーバーとして参加、常任理事会決議事項は速やかに全会員に知らせる。
② 委員会だけでなく部会単位での親睦会
③ 視察旅行のときは家族同伴
④ 各種アンケート

最後に田中会頭の勇退挨拶の続きとして老子の名言「功成り名遂げて身退くは天の道なり」を引用、勇退の贈り言葉として田中会頭に丁寧にお礼の言葉を述べ、また田中会頭同様に中山新会頭に確りした女房役を果たすと固い約束をした。

その後で後藤隆顧問より田中会頭に記念プレート、奥様のニウセさんには花束が贈呈されて再度、大きな拍手が送られた。

また日伯友好促進協会の代表者委員長を務めた田中会頭から同協会に尽力した会議所のジョージ・サエキ顧問弁護士に記念プレートが贈られた。

マジシャンのセリオ・アミノ氏が代表を務めるマジコーポ社のマジックショーの前に前田委員長は略歴を紹介後、余興を見物している参加者をステージに上げ、ショーに参加させて大いに盛り上がり、両手を使って影絵ではいろいろな動物、鬼、天狗、インジオなど微細に表現して、拍手喝采の素晴らしいショーとなった。

最後に特別景品の抽選会に続いて参加者はくじ引きの番号の景品を受取って楽しい忘年会を更に盛り上げて終了した。

 

 

左から記念プレートを掲げる田中信会頭/贈呈された花束を手に奥様のニウセさん/記念プレートを贈呈した後藤隆顧問

ガッチリ握手する田中信会頭/後任の中山立夫新会頭

中山立夫新会頭ご夫妻

乾杯の音頭をとる貞方賢彦顧問

日伯友好促進協会の代表者委員長を務めた田中会頭(右)から同協会に尽力した会議所のジョージ・サエキ顧問弁護士(左)に記念プレートが贈られた

180人が参加した忘年会の様子