ブラジル経済の実力が問われる2009年-鈴木孝憲

(1) 世界金融危機の影響

  1. 危機直前までのブラジル経済の状況
    2008年第3四半期まで内需主導の好循環が続いていた。
    (この要因): 1)インフレ抑制、2)最低賃金実質大幅アップ、3)貧困層への生活費補助支給(Bolsa Familia)、4)クレデイットの量と期間の拡大、5)商業の売り上げ増(前年比+9~10%)、6)工業生産増(設備稼働率85~86%)、7)雇用と実質賃金の増大。
    2008年第3四半期時点;成長率6.8%、インフレ6.4%、失業率7.5%。
  2. 危機の影響
    1)レアル高為替レートの急速な修正。
    2003年1月初 3.532、 2008年8月1日 1.559
    2008年12月30日 2.334
    *内外価格関係の歪みがかなり是正された。
    *企業により多額の為替差損発生(デリバテイブや先物でドル売りポジションにしていた企業、外貨借り入れのある企業など)
    *輸入品のコスト・アップ
    2)海外での資金調達困難化。
    貿易金融クレデイット・ラインの停止(最近再開したが金利、期間など条件悪化)、 銀行や企業の外貨借り入れの乗り換え困難化(12月の乗換え率22%)。 ブラジルの銀行は今回の危機で直接的ダメージはほとんど受けていないが上記の事情で国内のクレデイットのパイプが詰まった。
    3)クレデイットの縮小から耐久消費財を中心に売り上げが減少。
    4)製造業を中心に工業の生産調整と人員削減始まる。
    (参考)イ)自動車産業は製造業の9%を占めるが関連業界を含めると23%となりその影響力は大きい。
    ロ)2008年第4四半期、製造業全体ではー8%、自動車は-32.4%(12月単月では対前年同期比―54%、対前月比-47%)。 人員削減は11月480人、12月3208人
  3. 2008年の生産台数 321万台、新車登録台数 282万台
    ハ)新車登録台数(10月 -12%、11月 -23%、12月+-ゼロ、09年1月の当初8日間+24%)とメーカーの在庫水準(11月56日分、12月36日分)から見て 09年第1四半期からプラスに転じる、上半期はまだ危機以前の水準以下、下半期にはSelic引き下げの効果もでて危機以前の水準にもどる、 との見方も出てきた(自動車業界専門家のLCAコンサルタンツBraulio Borges)

(2) ブラジル政府の危機対応

2008年第4四半期以降、ブラジル政府は危機対応策として以下の緊急措置を採ってきている(大部分は大統領臨時措置例Medida Provisoria等によるもので国会の追認に先立ち直ちに実施されている)。

  1. 金融措置
    1) 銀行経由の資金投入(ブラジル中銀をはじめ、ブラジル銀行、連邦貯蓄銀行、経済社会開発銀行等の国立銀行を総動員して 自動車、建設、農業、輸出などの部門に重点的に資金を投入)。
    2) 為替市場でのドル売り介入(外貨準備から200億ドル以上を投入)。
    3) ドル融資(対外外貨借り入れの乗り換えが困難な企業へ銀行経由ドルを融資して対外決済をさせている。企業の借り入れは国内の外貨借り入れとなる。なお この分ブラジルの対外債務は減少するはず。また親子ローンは対象外。 輸出金融も輸出前貸し等に中銀から銀行経由ドルが供給されている。輸出金融は2008年10~12月に中銀から78億ドルが供給された)。
    4) 基準金利Selicの引き下げ(09年1月20-21日に現行の13.75%から大幅引き下げの見込み)。
  2. 財政措置
    1)個人所得税の軽減
    2)工業製品税IPI,金融取引税IOF,の減免。(とくに自動車1000CCクラスはIPIゼロ、09年3月まで)。
    3)納税期限の延長(企業の運転資金繰り支援)。
    4)道路などのインフラ投資60億レアル(2009年1月より即時実行予定)。
    5)住宅金融融資限度額の大幅引き上げ(連邦貯蓄銀行の融資対象物件の限度額を30万から50万レアルに引き上げる(09年1月発表)。
    (コメント)ブラジル政府はこれまで経済の好循環を支えてきた個人消費を国民が継続するように次々に緊急措置を採ってきているがカギは自動車産業などから始まりつつある雇用の減少(失業)に対する国民の将来への不安感をいかに払拭できるかにかかっている。
    この点から言えば基準金利はインフレ懸念から引き下げのタイミングを不必要に遅らせた。もっと迅速な思い切った引き下げが早期に行われるべきだった。基準金利よりはるかに高い市中金利もこの際その原因に徹底的なメッスを入れるべきだ。いずれにせよ “国民の不安感―消費低迷―工業生産減―人員削減“ という負の連鎖をなんとか喰い止めなければブラジル経済は本格的なリセッションとなり回復は大幅に遅れることになろう。

(3) ブラジル経済のいくつかの問題点

  1. 国内市場拡大の可能性
    世界一高い金利とエマージイングカントリー中最高の税負担(GDPの約36%)にもかかわらず、これまで内需主導の成長が出来てきたのは奇跡的。この二つを解消できればGDPの60%を占める個人消費はさらに拡大しブラジルの国内市場ははるかに大きくなろう。所謂“ブラジル・コスト“の軽減にも繋がり産業界の競争力も大きく強化されよう。
  2. 財政問題
    これまでずっと税収増が続いてきたため基礎収支黒字GDP比+3.75~4.25%を守りながらインフレ率を超えて増大する政府支出を吸収してこれた(公務員の増員、インフレ率を超える給与調整など)が、今後は税収減。 将来的には国民の税負担軽減のために行政改革と税制改革が不可避。
    なお 公的債務残高は2007年末のGDP比42%から2008年末にはGDP比34.9%に減少した(10 年来の最低水準)。これは2008年の税収増とGDPの拡大によるもの(2008年の税収合計1.047兆レアル)。
  3. 為替レートの問題
    まだ短期外資(証券投資分)の国外流出が完全に止まったわけではないこと、企業の海外外貨借り入れの乗り換え不可で期日返済分が対外支払いとなっている等のため中銀は引き続きドル売り介入を時々行っている。したがってまだ相場が安定したとはいえないが内外価格差や企業コストなどから見て1ドル 2.00~2.30レアルのレインジが望ましい為替相場と言うことになろうか。 危機が少し収まって短期外資の証券投資がブラジルへ再流入し始めると、2.00よりレアル高へ行く可能性がある。ブラジル中銀は2009年末へかけて1.90~2.00を考えている模様。
    今回の危機で為替レートがレアル高へ行き過ぎた場合は短期外資の流出入規制を一時的に課すべきだとの議論が再び出始めている。
  4. 対外勘定
    2007年から2008年にかけてレアル高がかなり進み、2007年まで続いていた貿易収支の大型黒字が2008年には前年の+400億ドルから+247億ドルへ急減した。2009年はレアル高解消で輸出競争力は回復しても輸出先国の景気低迷とコモデイテイ価格の下落で輸出金額は伸びず貿易収支黒字は08年より減少するとの見方が多い。しかし コモデイテイ価格の下落は長期間は続くまい。
    なお 2007年末にブラジルはネット・ベースで対外債務国から対外債権国になったが 外資の直接投資は2008年史上初の400億ドルに達した模様で 今回の危機にもかかわらず外資の対ブラジル直接投資は続いていくものと見られる。

(4) ブラジルの成長を下支えする大型投資

米欧日では大型投資案件はほとんどが取り消しか先送りされている中で、ブラジルでは2009年から2012年にかけて以下のような大型投資が実行されていく見込み。

  1. インフラ部門 第2次ルーラ政権の目玉政策である“成長加速化計画PAC“のインフラ・プロジェクトに2009~2010年に集中的に投資を実行予定(2008年の倍のペースで実行、2010年は大統領選の年)。 サンパウロのRodoanel環状高速道路などもそのひとつ。
  2. 通信部門 主要電話会社は設備・システムの次世代対応のため延期できない大型投資を予定している。
  3. 石油・ガス開発・採掘および関連の大型投資。 ペトロブラスの投資予定額 2009~2012年に 1120億ドル (2008年は250億ドル投資実行済み、うち85%は自己資金)。
    上記には 東北ブラジルの新規建設リファイナリー3箇所分は入っているが Pre-Sal関連投資は別。
  4. 造船 新規造船会社の設立と既存会社の拡充近代化
    石油・ガス採掘用のリグ、タンカー、ソナー船、など および関連機器製造のための投資。 リオは拡充近代化。新設のレシフェSUAPE港湾工業地区は大手企業96社進出済み(投資額150億ドル)、SUAPEの雇用人員4.7万人、間接雇用20万人。
    2008年6月スタートの新造船会社Atlantico Sulはすでに受注残 29.8億ドル。

(5) 結び 2009年のブラジル経済見通し

  1. 成長率 政府予測4%、 中銀3.2%、市場アナリスト2.44%、CEPAL 2.1%、民間エコノミスト 2.0%。
    悲観論から楽観論まで予測にかなりの開きがあるのは 先行きにつき不透明感が大きいため。悲観論者は悪いデーターばかり見てブラジルの強い面、大型投資案件などを見ていない。2009年1月、B.GasはペトロブラスとのPre-Sal油田開発のため80億ドルの対ブラジル大型投資を決定した。現在の危機下でこんな国は他に無い。
    敢えて成長率を予測すれば3%+-0.5%と見る。
  2. インフレ率 5%+-0.5%レベル。(中銀のターゲットは4.5%+-2.0%)。
  3. 為替レート
    短期外資の動き如何で大きく左右されるが 内外価格差と企業採算からみて2.0~2.3のレインジに収まるか。
  4. 基本的には米欧日の経済の回復状況に左右されるが米欧日がかなりのリセッションとなってもブラジルは成長率を2~3%下げただけでひどいリセッションにはならずタイドオーバー可能と見る。
    なお 中国経済の調整状況もブラジルには影響あるので注目して行く必要があろう。

以上

( すずき たかのり ビジネス・アドバイザー、元ブラジル東京銀行会長、前デロイト・トウシュ・トーマツ最高顧問、最近刊書“ブラジル 巨大経済の真実“日本経済新聞出版社刊、2008年6月 )

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